-この世界で生きていくために、手を組みませんか。- 朝井リョウ【正欲】感想・考察①

小説

今回ご紹介する作品はこちら!

朝井リョウさん作、【正欲】です。

作家生活10年を迎えて執筆された長篇小説。

凄すぎました。 はい。

ここまでの読書体験をしたのはじめてかもしれない。

約400ページからなる長篇小説でやや長めですが、冒頭10ページで心を奪われ一気に読み終えました。

2年前の改元によって「令和」という新しい時代に突入した現代。

あらゆるメディアを通して
「令和の考え方では…」、「令和のお笑いはこうだよね…」など

新元号とともに、さまざまなものがアップデートされているような文言が飛びかっています。
その中で特によく使われる文言があります。

「多様性」

働き方、食、性的指向…
いまやすべての物事のバックボーンには、多様性ということばが組み込まれています。

多様性が大事、多様性を尊重しよう、そんな声が高々に叫ばれる現代に、
言葉にできない違和感をおぼえた人はいますか?

書評を書いた作家の西加奈子さんは

『この小説は、安易な逃亡を許さない』

という言葉を残しています。

読む者すべてが無視できない世界との向き合い方。

今回は書きたいことが多いので、記事を2つに分けて書いていきたいと思います。
(次回記事はこちら⇒-この世界で生きていくために、手を組みませんか。- 朝井リョウ【正欲】感想・考察②)
それでは、感想・考察をどうぞ!

あらすじ

作:朝井リョウ

1989年、岐阜県生まれ。小説家。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年『何者』で第148回直木賞、2014年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。他の小説作品に『チア男子!!』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』『発注いただきました!』『スター』、エッセイ集に『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』がある。

新潮社著者プロフィールより

『桐島、部活やめるってよ』『何者』で一躍有名になった朝井さん。
(過去記事で『何者』についての感想も書いています⇒https://light-ocean.net/books/nanimono-review/

 一つのテーマに対し読者を巻きこみ、まるで自分ごとのような読後感を与えてくれるストーリーが魅力の作家さんです。
小説執筆だけでなくエッセイも独自の切り口で支持をあつめています。
2021年3月まで元AKBの高橋みなみさんとラジオ番組「ヨブンのこと」で生の声も届けており、多方面で活躍されています。

あらすじ

あってはならない感情なんて、この世にない。 それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。 初めての恋に気づいた女子大生・八重子。 ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。 ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、”多様性を尊重する時代”にとって、 ひどく不都合なものだった――。

「自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、 そりゃ気持ちいいよな」

これは共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 作家生活10周年記念作品・黒版。 あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。

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本作は3人の主要人物と、それを取りまく人々によって1つの事件に収束していきます。

寺井啓喜
検事の寺井啓喜はエリート街道をすすみ、順風満帆だった毎日に小さな影がおちます。
息子・泰希の不登校。
いわゆる”通常のルート”から外れかかっている息子を憂える一方、
泰希は不登校小学生のインフルエンサーの影響で「ユーチューバー」になると言います。
自分の想いが息子に伝わらないもどかしさに苦悩しながらも、検事として社会正義を実現するため日々の業務に忙殺されています。

桐生夏月 
地元の寝具店で働く桐生夏月は、職場環境に多少のわずらわしさを感じながらも、なるべく人とかかわらずに毎日をすごしていました。
 彼女が抱えるたった1つの秘密。
自らに課した不可侵の秘密をかかえひっそりと生きる夏月は、偶然会った同級生がきっかけで、中学の同窓会に参加することに。
そこには、絶対に忘れることのない同級生・佐々木佳道の参加に後押しされたものがありました。

神戸八重子 
神戸八重子は学祭実行委員に所属する女子大生。自らの容姿や過去のトラウマが原因で、恋愛至上主義の世の中に順応できずにいました。
 学祭のメインイベント「ミス・ミスターコン」のルッキズムや性的搾取に違和感をおぼえ、だれもが悩みを打ち明け繋がれる「ダイバーシティフェス」を企画します。
 そんな中、男性を嫌悪していた八重子がはじめて魅力を感じる同級生・諸橋大也と学祭を通して話す機会が生まれますが…

立場も年齢も異なる3人が、不気味な糸をたぐりよせるように1つの事件へと収束していきます。

感想・考察  評価 10/ 10

ただただ、圧巻された

これほど圧倒的な読書体験を感じたことはなかったです。

それほどまでに、この『正欲』は凄まじい。

 ただのいち読書家が偉そうに言って申し訳ないのですが、現代文学ってそれ以前のものと性格が異なると思っていたんです。

 例えば夏目漱石が『こころ』で近代におけるエゴイズムや所有することの危険性を説いたり、小林多喜二の『蟹工船』がプロレタリア(資本主義の労働者階級)の存在を主張したりと、

作家から読者へのどうしても伝えたいメッセージというものがありました。

しかし、あらゆる問題は山積しつつも、モノ的な豊かさや社会インフラが整ってきた日本において、小説に込められたメッセージの存在感って小さくなりつつあるんじゃないかな…
 と、解釈していました。

読んで楽しければそれでいい、そんな感覚でいたわたしにとって、本書はキョウレツもキョウレツ。

ここまで社会をぶった斬っていいの?と思うほど、真っ向からメッセージ性で社会そのものに勝負した作品でした。

おかげで多様性という輪郭のないテーマについて、読み終わった後もずっと思案しています。

多様性という魔法の言葉

ここからはネタバレが含まれるので、よろしい方のみ、下記のボタンをタップしてください。

「お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ」

「正欲」p337より

物語のラスト、八重子に対して大也が向けたあまりにも強いことば。

本書は水に興奮を覚える性的マイノリティを抱えた人にスポットが当てられています。

現代では、性的マイノリティとしてLGBTQが社会に徐々に浸透していますね。
どんな人でも社会は受け入れるべき、みんな平等だ、みんな些細な違いだ。さぁ、受け入れる社会を作っていきましょう。

了見の狭いわたしもそんな社会が理想的であると思っていました。

 けど、そのいわゆる「多様性」って、あくまで自分たちが想像しうるレベルの違いで構成された社会なんですよね。

 物語に出てきた架空のドラマ「おじさんだって恋をしたい」は性的マイノリティ(恐らくゲイ?)を抱えた男性たちが自分の性的指向に自覚しはじめるボーイズラブを描いた作品です。

 現代の多様性を描いた作品として世間でもてはやされていますが、これって異性恋愛という枠組みのなかで性別だけカット&ペーストしたものです。
 もちろんそういったマイノリティを抱えて苦しんでいる人は多いですが、恋愛がベースの人間たちにとって想像しうる範囲のマイノリティ。

ただ、社会には自分たちの想像をこえた性的指向の人間がいます。
本書では風船フェチ、窒息フェチ、丸のみフェチ、包帯フェチ…

 性とはおおよそ結びつくことが考えられないフェチズムを抱えた人がたくさんいるんです。

 本書の言葉を借りると、ドラマ「おじ恋」の題材はマイノリティのなかのマジョリティ。
その裏で、マジョリティや多様性という網からもすりおちた人たちがどこかにいる。

多様性ってことばを安易につかうと、じつは受けいれているように見えても強烈にどこかで異物を線引きすることばだったんです。

すごくハッとさせられました。

 そもそも多様性を打ち立てながらも、多数派は受け入れるという姿勢が無自覚であります。
自分たちがスタンダードで、その輪の中に入ってもいいよ、というスタンスをとりつづける限り、ことなる人間との対話は難しいでしょう。

 みんな一緒、みんなたいして変わらないからという姿勢ではなく、
みんな決定的に違うんだ、だれしもがどこかでマイノリティを抱えているんだ、その1点のみ同じなんだ。

こういった捉え方こそが、本当の多様性なのかもしれないです。

正欲と、小児性愛

 本作の題名でもある『正欲』

個人的にすごく強く残る言葉だと思います。初めて書店でそのタイトルを見かけたときからずっと頭から離れませんでした。

社会、世間に対して堂々としていられる『正』と、反対にどこか後ろめたさがある『欲』

作者の朝井さんもインタビューで書く前から題名は決めていたと言うように、
一見すると相反するこの言葉を忠実に再現した作品だと思っています。

わたしはこのことばを「誰しもが抱えてもよい、明日(ミライ)を生きぬくための欲求」と解釈したのですが、一方であまり触れられずとも本書でも絶対のタブーとされているものがあります。

それが「小児性愛」

 この「小児性愛」がきっかけで登場人物たちはそんな性的指向を抱えていないのに捕まってしまいます。

小児性愛という存在がなければ、共通の同士を見つけて爽やかなエンドが待っていたでしょう。

しかし、小児性愛の存在が彼らのわずかな希望を奪いました。

奪いました、奪ったのに、小児性愛者について本作は一切語られていないんです!

 わたし自身こどもの権利を守るために小児性愛から子どもを絶対に守るべきだと思うし、小児性愛者の権利を拡充しようなんて思いは一切ありません。

ただ、生まれ持って小児性愛という性的指向を抱えている人は確実にいるんです。

 物語では小児性愛は一貫して悪欲、負欲、不義欲といった描かれ方に終始していますが、なぜそこに線引きがひかれるのか、社会が嫌悪するのかを描いてほしかった。

 作者は明確な意図をもって明言を避けたのかもしれませんが、その理由の一つにこの多様性理解の限界があったのかもしれませんね。

 わたしは読み終わってからこの小児性愛の、主観を除いた『なぜ正欲ではないのか』について考えました。

夏月や八重子の言葉を借りると、それは「対等じゃないから」

啓喜の息子である泰希は動画リクエストを通した性的搾取に無自覚です。
そこには双方の同意がまるでない。

 現実世界でも、仮にそのときこどもが許容しても、その意味を正確に理解せずに身体的・精神的にのちのち苦しんでしまう可能性が大きいから。
こどもたちはフェアじゃない。

マジョリティである異性恋愛だって変わらないんです。
双方の同意がない性的アプローチは、男性だろうが女性だろうが犯罪です。

読み終わった直後は盲目的に小児性愛に嫌悪しましたが、こういったプロセスを経てはじめて批判できるとわたしは思います。

クリックするとネタバレ表示

さいごに

いかがでしたか。

本作『正欲』に関しては書きたいことが多くて、2記事に分けたいと思います。

次回の記事では考察を中心に書いていくので、よければこちらもご覧ください。

次回記事⇒-この世界で生きていくために、手を組みませんか。- 朝井リョウ【正欲】感想・考察②

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コメント

  1. […] 作家生活10周年を記念してつくられた【白版】作品。この白版と対になるのが、2,021年春に出版された【黒版】作品の『正欲』です。(正欲の感想・考察は⇒https://light-ocean.net/books/seiyoku-review/) […]

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