今回ご紹介する作品はこちら!
朝井リョウさん作、【正欲】です。
前回記事の続きで考察を中心に書いていくので、 まだご覧いただいていない方はこちらから読んでいただけると幸いです⇒(-この世界で生きていくために、手を組みませんか。- 朝井リョウ【正欲】感想・考察①)
読む者すべてが無視できない世界との向き合い方。
それでは、考察・感想をどうぞ。
あらすじ
作:朝井リョウ
1989年、岐阜県生まれ。小説家。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年『何者』で第148回直木賞、2014年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。他の小説作品に『チア男子!!』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』『発注いただきました!』『スター』、エッセイ集に『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』がある。
新潮社著者プロフィールより
『桐島、部活やめるってよ』や『何者』で一躍有名になった朝井さん。
(過去記事で『何者』についての感想も書いています⇒https://light-ocean.net/books/nanimono-review/)
一つのテーマに対し読者を巻きこみ、まるで自分ごとのような読後感を与えてくれるストーリーが魅力の作家さんです。
小説執筆だけでなくエッセイも独自の切り口で支持をあつめています。
2021年3月まで元AKBの高橋みなみさんとラジオ番組「ヨブンのこと」で生の声も届けており、多方面で活躍されています。
あらすじ
あってはならない感情なんて、この世にない。 それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
amazon商品リンクより
息子が不登校になった検事・啓喜。 初めての恋に気づいた女子大生・八重子。 ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。 ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、”多様性を尊重する時代”にとって、 ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、 そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 作家生活10周年記念作品・黒版。 あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。
本作は3人の主要人物と、それを取りまく人々によって1つの事件に収束していきます。
寺井啓喜
検事の寺井啓喜はエリート街道をすすみ、順風満帆だった毎日に小さな影がおちます。
息子・泰希の不登校。
いわゆる”通常のルート”から外れかかっている息子を憂える一方、
泰希は不登校小学生のインフルエンサーの影響で「ユーチューバー」になると言います。
自分の想いが息子に伝わらないもどかしさに苦悩しながらも、検事として社会正義を実現するため日々の業務に忙殺されています。
桐生夏月
地元の寝具店で働く桐生夏月は、職場環境に多少のわずらわしさを感じながらも、なるべく人とかかわらずに毎日をすごしていました。
彼女が抱えるたった1つの秘密。
自らに課した不可侵の秘密をかかえひっそりと生きる夏月は、偶然会った同級生がきっかけで、中学の同窓会に参加することに。
そこには、絶対に忘れることのない同級生・佐々木佳道の参加に後押しされたものがありました。
神戸八重子
神戸八重子は学祭実行委員に所属する女子大生。自らの容姿や過去のトラウマが原因で、恋愛至上主義の世の中に順応できずにいました。
学祭のメインイベント「ミス・ミスターコン」のルッキズムや性的搾取に違和感をおぼえ、だれもが悩みを打ち明け繋がれる「ダイバーシティフェス」を企画します。
そんな中、男性を嫌悪していた八重子がはじめて魅力を感じる同級生・諸橋大也と学祭を通して話す機会が生まれますが…
立場も年齢も異なる3人が、不気味な糸をたぐりよせるように1つの事件へと収束していきます。
考察(ネタバレ注意) 評価 10/10
※本記事はネタバレを含みますのでご注意ください。
令和のカウントダウンや言葉リレーに込められた表現のメッセージ
本作は平成から令和にかわる過渡期を描いた作品です。
章が変わるごとに、2019年5月1日、つまり令和までのカウントダウンが冒頭に記されていました。
このカウントダウンが終わりを迎えたとき何が起こるんだろう!?ってワクワクした人いませんか?
わたしは読んでいる最中むちゃくちゃ思っていました(笑)
けど、びっくりするくらい何も起きません。拍子抜けも拍子抜け。泰希のYouTubeアカウントが停止されたことくらい。
その後は、章の冒頭には令和から何日たったかが書かれていきます。
これは、
「年号が変わったところで本質的な考え方は変わっちゃいない」
というメッセージだと思います。
年号が令和になったからといって、いわゆる”令和の考え方”にイキナリなるはずもありませんからね。
もう一つ気になったのが、章をまたいだ言葉遊び。
(啓喜パート)
『正欲』p25より
啓喜は、どんどん近づく”正義”の場に向けて、意識を引き締め直した。
(夏月パート)
意識を引き締め直したとて、体感温度は何も変わらない。
こういった章をまたぐ言葉あそびによって、まったく異なる人物たちがリンクしています。
これには深い意味がないのかもしれない。
しれないけど、考えてみるとすると、「繋がり」ではないでしょうか。
本作のテーマの一つである「繋がり」を言葉リレーで表現し、どんなに疎外感を感じている人間もどこかなにかで繋がっていることを言いたいのかもしれません。
装丁(表紙デザイン)の鴨はなに?
これだけ細部まで丁寧に描かれている作品なんだから、きっと表紙のデザインもなにかあるはず!と考えました。
だって、鴨は作中一回も出てこなかったですから。
読み終わってから表紙をじっくり眺めると、今まで見過ごしていたことに気づきます。
鴨がただ逆さになっているんじゃなくて、よく見ると鴨がワイヤーに吊るされているんです!
ホントにうっすらとワイヤーのようなものが描かれていたので、じっくり見ないと気づきませんでした。
このデザインの意味は難しすぎてなかば考えることを放棄しているんですが、
おおきく考えると、深く洞察しなければ物事の事実に気づかない、ということでしょうか。
なぜ被写体が鴨なのかとか、もっとこんな意味があるんだ!という方は是非コメントで教えていただけるとうれしいです。
体温から読み解く、大也の心情
本書では、色んな人物で体温に関する描写がでてきています。
意識を引き締め直したとて、体感温度は変わらない。モール全体で設定されていることなのだから仕方がないのかもしれないけど、どこかの季節くらい、空調の温度が自分の体にしっくり来るときがあってもいいのにと思う。
『正欲』p25,35より
~
よく考えれば、空調が合わないなんてどうってことない。そもそも、この世界が設定している大きな道筋から自分は外れているのだから。
最初に出てきたのは夏月がモールで働いているときの描写。
モール内で設定された冷房温度と、自分が心地よく感じる温度のズレがしきりに描かれています。
これは、世界と自分とのズレを暗示しています。
世界でつくられているスタンダードに自分は当てはまらず、もがき苦しんでいる。
特殊性癖を抱えた人たちは常に世界との距離を感じていることを表しています。
いわゆる”世界”側の温度が高いので、自分たちは冷たい人間だとみずからを卑下しているともとれますよね。
対話が成立しなかったとき、本作のキャラクターはよく顔の肉が重力に負けるのですが(笑)、それと同じくらいよくでてきた表現。
この体温が、終盤に変化を迎えます。
あつい。
『正欲』p347,349より
気温か体温か。どちらかが、確実に上昇している。
~
大也は気付く。
上昇しているのは、気温のほうだ。
太陽の位置が変わっている。
ゼミの合宿に行かず「パーティ」に行こうとする大也が、それを止めようとする八重子と口論しているシーン。
口論の序盤は、本書でも最も印象的なことば
『お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ』
を八重子にぶつけるなど険悪な時間がつづきますが、八重子の対話をしようとする姿勢に大也の心は徐々に動かされていきます。
自身の温度変化を気温だとしていますが、一歩踏み出しきれなかったものの大也の体温が変わっていたんじゃないでしょうか。世界との温度が、ほんとうは一致していたんじゃないでしょうか。
最終的に大也は思いもしないかたちで捕まってしまいます。一見これだけ見れば悲劇です。
しかし、八重子はそれでも大也との繋がりを意識しています。
この本を読んだあと、絶望的な気持ちになった読者も多いと思います。
ですが、この八重子の
「どうしたって、分かり合えないことがあるのもわかる。それでも話して、対話して、いっしょの世界を生きたい」
という姿勢こそ、これからの”多様性”を生きる我々の希望なんだと思います。
だからこそ最後の最後で、他人を排除するマジョリティの典型である田吉と、八重子を対比させたのかなと。
感想 評価 10/10
読み終わってふつふつと思ったことがあります。
それが、「性欲以外の三大欲求」についてです。
本作では、人間の欲望のマイノリティ、その中でも性欲についてフォーカスされていました。
現実社会に疎外感を感じている夏月や佳道は
『睡眠欲は私を裏切らないから』
『端的に言うと、食欲は人間を裏切らないから、です』
と述べています(大也は物欲について言っていましたが、ここでは割愛します)
世間一般から見ると屈折した欲望に苦悩するため、他の人と同じように抱えている睡眠欲や食欲などにすがっている2人。
ですが、睡眠欲や食欲に裏切られる人たちも、いますよね。
多様性を語るとき、性的マイノリティについて語られる機会はすごくおおい。
けれど、摂食障害や睡眠障害を抱えている人たちだって、本当に苦しい世界で生きているんじゃないか。
これに関しては批判もあるかもしれませんが、三大欲求のうち性欲は解消できなくても少なくとも肉体的な危機はほとんどありません。
しかし、食欲や睡眠欲が一般的なものとちがうとき、世界はどうやって見えているんだろうと改めて考えさせられます。
普通ということばを安易につかわず、対話をしていこうと強く思った一冊でした。
さいごに、八重子の描き方ほんとにすごいなと思うんです。
著者の代表作「何者」のときと同じように、最初は読者が八重子に対して否定的なイメージを持つように誘導されているけど、無理解だったのはわたしたちのほうだったと突き付けられる感じ。
読んでいる途中は勘違いフェミニストだと決めつけていたふしがわたしにもありました。
朝井さんは読者に対してストーリーを自分ごとにさせるのが本当にうまいと思います。
今年読んだ本のなかでいちばんおススメできる本、ぜひ皆さんも読んでみてください。
(前回記事はこちら)
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